対応エリア

福山・府中・尾道・三原・
神石高原町・世羅

備後地方を中心に、周辺地域も対応可能です。

対応エリア:
福山・府中・尾道・三原・神石高原町・世羅

備後地方を中心に、周辺地域も対応可能です。

葬儀の豆知識

【福山市の葬送文化】昔のお葬式は“砂糖を付ける?”助け合いが生んだお葬式の文化

2025年08月28日

福山市の昔ながらのお葬式には、「砂糖を付ける」という独特の風習がありました。砂糖には、地域の助け合い(組内・講組)からなるお葬式の文化と深く結びついていました。本記事では、その具体的なやり方や背景、そして風習が薄れていった理由までを分かりやすくまとめます。

砂糖を付ける——どの場面で、どれくらい渡していたのか

1. 立飯(たちはん/お葬式前のお弁当)に「砂糖1kg」

通夜・葬儀の前後に、手伝いの方や近しい人へ振る舞う立飯
この立飯には砂糖1kgを添えるのが一般的でした。短い休憩の合間に食べるお弁当とともに、**「今日はありがとう。甘いもので疲れを癒して」**という心尽くしの品だったのです。

2. 仕上げ膳(葬儀後のねぎらい膳)に「砂糖2〜3kg」

葬儀が無事に終わったあとに振る舞う仕上げ膳には、より厚いお礼の意味で砂糖2〜3kgが添えられました。長時間にわたり動いてくださった**組内・講組(地域の手伝い組)**をはじめ、親族・ご近所の方へと配られ、ご縁を“甘く”結び直す象徴でもありました。

どのように配った?——熨斗箱と「盛下げ」

  • 砂糖は**熨斗箱(のしばこ)**におさめ、**礼儀を整えた“お土産”**として渡すのが作法。
  • 葬儀が終わると、盛下げ(もりさげ)の品と合わせて各自が持ち帰るのが通例でした。
  • ただし、2〜3kgの砂糖はとにかく重い。徒歩や自転車で来られる方も多かった時代、**「ありがたいけれど持ち帰りが大変」**という声もしばしば聞かれました。

なぜ“砂糖”だったのか——地域の記憶と暮らしの理(ことわり)

  • 価値ある保存食:砂糖は日持ちがして、家事にも料理にも使える“実用的な贈り物”。
  • 甘味=ねぎらい:体力を使う葬送手伝いの疲れを癒やす象徴として最適。
  • 生活の助け:当時は物資感覚がいま以上に**“ご近所で回る”**時代。

**「お葬式に行けば会葬品でのし袋を頂き、また砂糖も貰うため、プライベートでのし袋と砂糖は買う必要がなかった」**という話が残るほど、暮らしに根づいた循環でした。

こうした風習は、**“手間を惜しまない地域の助け合い”そのもの。砂糖は、単なる甘味料以上に、「気持ちを形にする」**品だったのです。

風習が薄れていった理由

  1. 葬儀会館の普及
    自宅・寺院中心から会館中心へ。配る・持ち帰る手間を減らし、会葬品を定型化する流れが広がりました。
  2. 生活様式の変化
    車社会・小世帯化・共働きの増加で、重い手土産は負担に。のし箱+大袋砂糖という形式が暮らしに合わなくなりました。
  3. 会葬返礼品の多様化
    日用品・食品・カタログギフトなど、軽くて持ち運びやすい品が主流に。保管場所や嗜好の変化も後押ししました。
  4. 役割が“気持ち中心”へ

形よりも気持ちを簡潔に伝える傾向が強まり、砂糖という“定番”は次第に姿を消していきました。

こうして、福山市でも**「砂糖を付ける」文化は時代とともに薄れ、忘れられつつある**のが実情です。

用語ミニ解説

  • 立飯(たちはん):お葬式前に葬儀に携わった方へのお弁当。昔は砂糖1kgを添えた。
  • 仕上げ膳:葬儀後のねぎらい膳。砂糖2〜3kgを添えるのが一般的だった。
  • 組内・講組:地域で助け合う手伝い組。葬儀運営の実働部隊。
  • 熨斗箱:のし紙付きの箱。礼を尽くす贈答箱として砂糖を納めた。
  • 盛下げ:式後にそれぞれが持ち帰るお供えの取り分。砂糖もこれに合わせて持ち帰った。

おわりに——“甘さ”がつないだご縁

砂糖の袋に込められていたのは、労をねぎらう優しさと、ご近所同士の支え合いでした。形は変わっても、

「手伝ってくれて、ありがとう」
という心は、今も私たちの中に生きています。

福山市の葬送文化を知ることは、地域の記憶を手渡すこと。次の世代へ、“甘いご縁”の物語を静かに伝えていきたいものです。